坂田智康氏とマルセルデュシャン


坂田智康氏コンテンツモンスター講義に
マルセルデュシャン手法という講義があります。


ここれは、坂田智康氏がマルセルデュシャンの芸術作品を提示して

彼なりの考え方や理論、手法を明らかにしていくわけですが、


マルセルデュシャンという芸術家はどこがすごいのか?


この講義ではそれが理解できていないと理解が全く深まらないことになります。

 

そもそも、一般人のどの位の人がマルセルデュシャンを知っているのかは分かりませんが、
少なくとも私は初めて知りました。

 

Google検索したところ、分かりやすいページを見つけました。


BOOK OF DUCHAMP

http://www.banshodo.com/webook/duchamp/duchamp02.html

なぜ、デュシャン、なのか。

 

坂田智康氏の講義でもでてきますが、
デュシャンの代表作として、

「男子便所の便器にサインがついたもの」を「泉」と名付けた

芸術作品があります。

これを見たときに、
普通なら全く意味が分からないわけですよね。

 

だって便器ですよ。それが泉なんですよ。

でも、デュシャン流に言えば、これは芸術作品ということなんです。

そこで、前述のWebページに解説を頼るわけです。

(引用)
今デュシャンの作品を見て、“全然いいと思わない”とか、
“これは美しいと思わない”や“なにがいいかわからない”
という風に思った場合、それはそれで全然オーケーなのである。

 

つまり、今までは芸術作品といえば、
どこか綺麗だったり、美しかったりするような美に関する類とか、
または、すごい奇抜だったり、一般人が不可能な表現、つまり芸が示されえた類

 

このようなモノをイメージするわけです。

 

でも、デュシャンの芸術は、
このような考え方に則っていないということ。

デュシャンはレディメイドの考え方を提唱した人とのことです。

 

レディメイドとはWIKIPEDIAによれば、
大量生産された既製品を用いた一連のオブジェ作品のことです。

つまり、


便器のような大量生産された既製品を用いて

オブジェ作品を作り上げたということです。

 

ここで、
一般的に芸術とよばれる美的要素があるモノを鑑賞したとき、
短絡的、感覚的には、きれいだよね、で終わることも往々にしてあります。


しかし、作家としては単に表現を美的にしているだけで、

本当に表現したいのは、恐れだったり、悲しみだったりするわけです。


次に一段階深く受け取る人たちには、

その芸術品を深く鑑賞することで、一層深い意味を捉えることができ、
その作者の考えに共感できるようになるのです。

 

デュシャンの“レディーメイド”では、どうなるのでしょうか。


鑑賞者は、自分の過去の経験や今までの知識をもって、

この目の前にある便器のようなものから美的要素を探そうとします。


私たちと同様に頭の中が???だらけなわけです。

どうみても、当然ながら、それは便器なのです。

思考を総動員しても美を感じ取ることなど到底無理で、
そのタイトル 泉 というものとの関連性も見出すことができません。

 

でも、いったん立ち止まって考えてみてください。

ここでは受け手が「思考」しているんですよ。

 

一流絵画でも、受け手は”思考を巡らせて”
作者の本来の意図や感覚を得ようととしているんです。

 

一般に優れた芸術作品は、
網膜的に色彩的に美しくても、

受け手に深い思考を呼び起こす表現が含まれているんです。

 

デュシャンの芸術でも実は同じことなんですね。
デュシャンの芸術品では

受け手の思考を活性化させること

これがレディメイドの考え方であり、
デュシャン的の芸術の考え方になるということです。

 

美という要素を返さずに、
直接的に鑑賞者に「思考」をさせること

それが新しい芸術として提案されたということなんです。

 

で、

長くなりましたが、
これを坂田智康氏コンテンツモンスターでは、
コンテンツ作成についての理論へ展開しているというわけです。

 

なかなか奥が深いですね。


講義を視聴するまでは想像すらできないと思いますが、

一つオススメできるのは、
深い思考を目指すと更に深く理解できる、ということですね。


楽しんでいきたいですね。

 

 

それでは、
坂田智康コンテンツモンスター!はりきっていきましょう!

 

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